誰も責めていないとわかって素直に謝罪できました

40代男性

私はある部署の責任者をしています。

ある日、新規のお客様を迎えてのプレゼンをしました。
おおむね内外から好評だったのですが、部署のある女性の部下から、

「あんな内容なら、もうお客様を連れてくる気持ちにはなれません」という
手厳しい感想をいただきました。

とても囚われました。
だったらもう誰も連れてこないでいい、あなたが全部やればいいじゃないか! と思って、
思わずそれをLINEで伝えてしまいました。

数日間、ずーっとそのことが手放せずにイライラしていました。
桜の季節でしたが、咲き誇る花を見ても、まったく美しく見えません。

そんな折、セッション(ワーク実践報告の共有の場)に参加する機会がありました。
同じような苦しみに直面している女性に対してスタッフの方が

「責任者といえども、ときに無様な姿であってもいいんですよ」

とコメントされているのを聞いてハッとしました。

私はこのひとことに救われました。
「責任者であるからには、◯◯でないといけない、情けない姿を見せてはいけない」と
強く思っていて、自分で自分を許せていない、自分で自分を責めているのだとわかりました。

無様な姿でも許されていると思うと自分を許すことができ、
そうすると、私に指摘してきた彼女も苦しかったんだなということが伝わってきて、
あんな風に突き放してしまって済まなかったなと心から思い、謝罪のメールをすぐに送りました。

心がすーっと楽になりました。心は平安に引き戻されて、仕事の歯車も回るようになり、
彼女からは、「傷つけてしまいすみませんでした」と返信も来ました。
急でしたが家族を夜桜見物に連れて行こうという気持ちにまでなりました。

許すということの大切さを理解しながらもなかなか許せていませんでしたが、
誰も責めている人はいない、本当はすでに許され愛されているんだということを感じた出来事でした。

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